クーリエ・ジャポン「中田英寿責任編集」より

takeru-harada2007-12-05

今朝は目覚しに反応したのか、隣に寝ていた息子が寝ぼけながら抱きついてきたため遅れて鵠沼海岸駅に到着。冷え込む中、それでも多くの方にニュースを配布する事が出来た。妻の議会がない日には宣伝に出掛けられるものの、日増しに目が離せなくなった息子の密着マークで読書などは限られてしまう。それでも雑誌「クーリエ・ジャポン12月号」で「中田英寿責任編集」と銘打った特別企画だけは見逃さなかった。
あの電撃的な引退から続いてきた旅を通して、アジアに存する日本人への思い、貧困の問題などにストレートに表現される彼の言葉は、直接現地で人と出会い、見て感じた説得力というだけに留まらない造詣の深さに満ちていて興味深かった。『入ってくる情報だけを信用していても、それがどれだけ不確かかということは、自分が今まで報道される側だったことからも充分わかっていますし、だから、ぼくはいま、ニュースを見たり読んだりするときも、まずは疑ってかかりますね。』宗教と戦争については『でも結局、宗教戦争って政治の戦争だと思うんですよね。誰かが力を握りたいから討伐するだけで、誰が何を信じているかっていうのは本当は関係ない。』と断じ、『イスラムって世界中で危険視されているじゃないですか。けど、実際に旅をしてみると、それほど危険なものじゃないってわかる。それだけに、どうしてそういうふうに思われるのかなって興味が湧くんですね。』実際にイラク人難民の家を訪ねたり、劣化ウランの影響などでガンを患う子供も多い癌センターに行ってはサッカーボールをプレゼントする彼。それでも『モノをあげることも必要ですけれど、そういった一過性のものよりも、できるだけみんなが継続してできる何かが大事だと思います。』と先を見据える彼の今後に注目したい。